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2005年06月

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音痴


電子機器類の進化に付いていけない人は、まず言う。

「私、機械音痴だから」

そして、この言葉を聞く度に、僕はこう思う。


機械に音程は関係ない、と。


もちろん、運動音痴しかり、味音痴しかりである。
方向音痴に至っては、どう紐付ければ良いのか解らない。

じゃあ、なにか。
音楽について、まるっきり駄目な人は、

「私、音楽音痴だから」

とでも言うのか。


そもそも音痴とは、いったいなんだ。

辞書を引いてみた。


【音痴】

(1)生理的な機能不全や心因性の原因によって
正しい音の認識や発声などができないこと。また、そういう人。

(2)音に対する感覚が鈍く、歌を正しく歌えないこと。
また、そのような人。

(3)あることに感覚が鈍いこと。

「大辞林 第二版」より



なるほど、それなら先に挙げた例も納得できる。

しかし、(1)⇒(2)⇒(3)と、次第に広義解釈されているのは
非常に気がかりである。

このままだと近い将来、なにかにつけて『鈍い人間』が、
総じて音痴呼ばわりされる時代が来るのかもしれない。


「あの人、さっきから私のこと見てるのよ。気持ち悪い」
「馬鹿ね、彼は貴女のことが好きなのよ。五年も前から」
「えっ、全然気づかなかったわ。彼に悪いわ。私、謝らなきゃ」
「貴女ってば、本当に音痴なんだから」


恋愛音痴である。


「あれ、さっきトイレに行ったはずなんだけどな」
「どうしたんだい?」
「どうやら漏らしちゃったみたいなんだよ」
「またかい。まったく、君は音痴だな」


排泄音痴である。


「俺って、音痴なんだよな?」
「そうだよ。もっぱらの評判だよ」
「ところで音痴ってなんだ?それも解からないんだ」
「仕方ない奴だな。自分が音痴ってことくらい自覚しろよ」


音痴音痴である。


「どぶねずみみたいに、美しくなりたいよ」
「写真には写らない美しさがあるからな」


リンダリンダである。


それは、関係ない。

まったく関係ないが、おそらく彼等は『リンダリンダ』を歌うとき、
発する歌声は決まって、次のようになってしまうのだった。






「ボゲー」






音痴とは、本人にとっては非常に辛いものである。
辞書にもあるとおり、れっきとした病なのである。

その音痴の歌声を「ボゲー」と独自の表現でアイコン化し、
日本の共通認識として、ときには面白可笑しく、
ときには愛情をたっぷり注ぎながら世に広めた
藤子・F・不二雄氏および剛田武君の功績は、あまりにも大きい。



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時代が単語を変えてゆく


単語というものは、あやふやである。

文法上で最小の言語単位であり、その意味は不変のように思われるが、
それまで通用していた意味が、時代とともにガラリと変わる、
そんなことが往々にしてあるのだ。
つまり、時代が単語を変えてゆくのである。
たとえば、次などが良い例だ。


アマゾン


小学校の頃、アマゾンといえば、川だった。
社会科の授業で習った、世界最大の流域面積を誇る川。
もしくは、仮面ライダーアマゾン。
ライダーシリーズの中でも、特異なビジュアルを誇るヒーロー。
とにかくアマゾンといえば、ワイルドでジャングルな感じだった。

それが現代においては、インターネットストアの代名詞である。

アマゾンで予約する。
アマゾンで購入する。
アマゾンで検索する。

かろうじて“検索”だけは冒険心をくすぐってくれるぶんだけ
子供の頃のアマゾンと被るが、世間のアマゾンのイメージは、
すっかり洗練された印象に変わってしまった。


また、これもある意味で印象が大きく変わったと云えるだろう。


ゴーン


鐘の音である。

「お寺の和尚さんが、南瓜の種を蒔きました」

小学生の頃、それがどうした、と云われたら返答に困るような
意味不明な言葉を口にしながら、時間も忘れて遊ぶうちに、
いつの間にか陽が暮れて、この音が鳴ったら家路に着く。
そんな、町の高台から聞こえてくる合図でしかなかった。

それが、いまやすっかり、カルロスである。
イチロニッサンのオッサンである。
相当な役員報酬を手にする凄腕フランス人経営者である。
誰も予想だにしなかった変化ではないか。


他にも、こんなものもある。


PS


中学時代に頻繁に出てきた、追伸を意味する記号である。
教師に隠れて回し読みする女子生徒達の手紙に、
決まって添えられていたものだ。

お前ら、休み時間でもそんな話しないだろう、というような
中身のない内容の手紙を、クラス中を巻き込んで回す。

手紙を書くことよりも、相手に届くまでのスリルを好み、
本文よりもPSの行数が多い場合などは、我々男子達は
その不可解さに首を傾げたものである。

そんなPSも、いまやすっかり、プレイステーションである。

もしかしたら、現代の中学生も「PS.PS2よりPSP欲しい」と、
訳の解からない手紙をひたすら回し続けているのかもしれないが。



とにかく、その時代によって単語の意味は移ろいゆくのだ。
単語は、授業中に女子生徒が回していた手紙のように
人から人へと渡り歩き、時の流れを経て、変わりゆく。

そして、こうして回顧したとき、その頃の単語の意味は、
もはや遠い過去へ忘れられていることを、我々は悟るのである。





PS.
先日、貴乃花親方が「激ヤセ」と報じられていたが、
この単語は、そもそも、りえのモノではなかったか。


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老婆は小刻みにビートを刻む 4

(前回までのあらすじ)

未読の方は、とりあえず読んでいただきたい。

第1話 / 第2話 / 第3話

+++


こってりなのか、あっさりなのか。
いったいどんな味か興味津々な『豚肉キムチ炒め定食』はさておき、
とりあえず注文は、完了した。

料理を待つあいだは、まるで最後の審判を受けるような心地だったが、
ほどなくしてギョーザが運ばれてきた。

「はい、ギョーザね」

ほう。
分厚い皮が特徴的で湯気が立って美味そうだ。

と、グラス同様に小刻みに揺れる餃子の皿ばかりを見ていて
気づかなかったが、運んできたのは、








さっきとは、別の老婆。







なんと、さっきまで大女将と呼んでいた老婆とは違う老婆だったのだ。
これには、ただただ驚いた。
背格好も雰囲気もいっしょだが、明らかに別人なのである。
それまで気づかなかったのだが、奥に部屋(たぶん住居空間)が
あるらしく、先程までの大女将は、そこに引っ込むところだった。

なぜか、選手交代。

「老婆に代わりまして、老婆」である。

老婆、初老のおばちゃん(調理担当)と来て、また老婆。







なに、この店。






もはや、仮説の立てようもなかった。
さっきの老婆ですら、無理やり自分を納得させるために
ストーリーをひねり出したようなものである。
新たに別の老婆まで出現されると、もうお手上げである。

この後、何人の老婆が出てくるか解らないので、
とりあえず、これまで大女将と呼んでいた老婆を『大女将A』とし、
この新たな老婆を『大女将B』と呼んで対応することに。


新しく登場した大女将Bも、大女将Aに負けず劣らず、
息子に対して、攻めのコミュニケーション術を駆使してきた。

「小皿を用意しましょうねえ」
「お箸はもう使えるのかい?」
「スプーンは使えるんだねえ」
「まあ、上手に食べるのねえ」


もはや、息子にいつもの食欲は無かった。

そして僕ら夫婦もまた、かつて感じたことのないような
変な居心地の悪さを感じ続けていた。

なにしろ、僕ら以外に客はいない。
来る気配すらない。
来たのは、チャーハンが出来る頃に、大女将Aが戻って来ただけだ。
そう、途中から


老婆2トップ体制


なのだった。
二人の老婆が、僕らのテーブル最前線に常に張っている状態。
両老婆の視線が、なんとも食事しにくい環境を醸し出していた。

最後にタンメンが運ばれてきたときなどは、

「熱いからね~、こぼさないように気をつけてね~」

と大女将Aが注意を促していたが、







大女将Bが持ってくるときが、

一番危なかった。







そんな見事なコンビネーションの前に疲労困憊になった僕らは、
ひととおり食べ終えてしまうと、ほとんど余韻を残すこともなく
そそくさと勘定を済ませ、店を出た。

帰り際、両老婆はご丁寧に入口付近にまでやってきて、
「また、きてねぇ」
と、お一人当たり、3回ずつ仰りながら、僕らを見送った。

僕らは、その度に息子に手を振らせなければならなかった。


帰り道、僕は奥さんに 「ごめん」 と謝った。
なぜ謝るのか自分でも解らなかったが、とにかく謝っていた。




正直言って、僕はあの店にはもう行かないと思う。


入店前の最大の関心事だった“味”については、お陰様でというか、
母親が晩御飯で作る中華料理みたいな感じで、ごく普通だった。
それはまさに、おばちゃんが作る手料理そのものであり、結局
金を払って食べるほどのものか、という疑問は残るものの、
食べられない、という代物では無かった。


厳しいことを言うようだが、僕が二度と行かないだろう理由は、
料理云々の前に、やはり老婆2トップの存在に因るところが大きい。

ご老人独特の、厚いおもてなし、お気遣いだったのだろうが、
肝心の客である僕らは、全然落ち着くことができなかった。

また、残念ながら、お二人とも飲食店で給仕係として働くには
いささか御歳を召しすぎの印象を受けた。

事あるごとに小刻みにビートを刻んでいては、
業務に支障を来たしていると感じざるを得ない。


今後の店舗経営を、真剣にお考えになるのであれば、
お二人とも引退された方が良いのではないだろうか。



もちろん、老婆心から言わせてもらえば、の話である。

(了)


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老婆は小刻みにビートを刻む 3

(前回までのあらすじ)

初めて入った中華料理屋に、老婆と初老のおばちゃんが居た、という話。

※詳しくはコチラ(1)と、コチラ(2)

+++


老婆、否、大女将は、小刻みにその手を震わせながら、
ひとつひとつ確かめるように僕らのテーブルにグラスを置いた。


「僕、コレ僕だけ特別よ~」


大女将が息子の前に置いたグラスには
『ドラえもん』の絵柄がプリントされていた。
ちなみに、僕と奥さんには、キリンレモンのロゴの、
良く言えば懐かしい、悪く言えばまだ存在してたのか、というグラス。

幼子を想う優しさと気配りに、本来なら感謝すべきところなのだが、
当の息子は、人見知りしているのか、僕にしがみついてきた。
奥さんが、場を取り繕おうと「まあ、良かったねえ」と話しかけても
緊張はいっこうにほぐれない。

大女将は、そんな息子の警戒心には気づかない様子で、
ドラえもんを指しながら、積極的にコミュニケーションを図ろうとする。
息子は僕の腕にしがみついたまま、細かく震える。むしろ、震えが増した。

息子の幼さゆえの震えは、大女将の老いから刻まれるビートに、
まるでシンクロしているようだった。

僕は、息子の視線の先を辿ると、この震えの原因が
大女将の手にあるのではないかと気づいた。


老人独特の、
筋張って骨と血管が異常に浮き出た手


確かにまじまじと見つめてみると、子供にとってホラーである。

加えて、圧迫型のコミュニケーションが、切れ目なく息子を襲った。

「これ、なあに?」
「これ、なあに?」
「これ、なにかな?」
「あれ、知らないのかな?」


畳み掛ける大女将の責め、いや、スキンシップの末に、


「ど、ドラえもん・・・」


消え入りそうな声で、息子はようやく答えたのだった。

僕らは、緊張の初接触を終えると、メニュー表に目を通し、
極力、無難な注文をすることにした。


タンメン、チャーハン、ギョーザ。


来店して僅かな時間しか経っていなかったが、僕らの期待値は、
このとき既に、大幅な下方修正がなされていた。

しかし一方では、もしかしたら注文さえすれば、
店の奥から思い描いた大将が出てくるのでは、
と一縷の望みを抱いてもいたのだった。



「はいよー」



威勢の良い返事とともに準備に取り掛かったのは、





天然パーマにグリグリ眼鏡の、

さっきのおばちゃん






やはり、貴女が調理するのですか。

こうなれば、悪あがきしても仕方ない。
不味くなければ良し、とするしかないだろう。

そんな諦めの空気が流れはじめたなかで、ふと壁に目を移したとき、
僕は、信じられないものを見つけてしまったのだった。







menu.jpg






menu.jpg








いったい、どんな味だ。







ある意味、注文しなかったことが悔やまれたが、一方で
不安感が激増したことも、疑いようのない事実だった。


(またまた、つづく)


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老婆は小刻みにビートを刻む 2

(前回のあらすじ)

初めて入った中華料理屋に、老婆が居た、という話。

※詳しくはコチラ

+++

僕らは、テーブル席が2つと厨房を囲むカウンターだけの、
狭い店の入口を入ってすぐのテーブルに促された。

席の背後には棚があって雑誌や漫画が無造作に積まれ、
棚の上の天井ぎりぎりのところには、テレビが置かれていた。

そのひどく不安定な設置状況は、まさにちょうどいま
僕らが置かれている状況に似ているように思えたが、
画面に映し出されるNHK番組の牧歌的な雰囲気に、
どこか誤魔化されてしまった。

それでも敏感に異変を察したのか、息子がグズり始めたので、
僕は、雑誌の山の一番上にあった児童誌を手に取った。

その瞬間、思わず「あっ」と声を出しそうになってしまった。

『とっとこハム太郎』が表紙を飾っている、その児童誌は、






埃を被っていた。






『2004年3月号』だった…。


児童誌を戻して指先の埃を払うと、ただ苦笑いするしかなかった。

心配そうな家族を前にして、最悪の事態を想定しはじめたが、
僕は、それを振り払うかのように、ある仮設を立てることにした。


『あの老婆は、“大女将”


この店は代々、独自の“秘伝の味”が受け継がれていて、
彼女は、先代の大将の奥様=大女将さん、なのだ。
要するに、長い歴史を誇る、名店中の名店なのである。

そう考えれば、期待しない訳にはいかなくなってくるではないか。
店内は廃れているが、それもまた、隠れた名店に相応しい。
目の前の老婆、つまり今の大将の母上は知る人ぞ知る存在で、
ご自身の食事で、たまたま店に顔を出していただけなのだろう。

ある意味、肝の据わった大女将のお姿から想像する限り、
現在の大将は中華鍋を豪快に操る一流料理人に違いない。

人当たりの良さそうな、中華の鉄人・陳建一か。
それとも、ダークな雰囲気の、周富徳・富輝兄弟か。

そんなイメージを膨らませていた矢先、厨房から人影が現れた。
“秘伝の味”を受継ぐ者の雄姿に期待を抱き、視線を向けた。










天然パーマにグリグリ眼鏡の、

初老のおばちゃんだった。











失礼ながら、どう贔屓目に見ても、

皿洗いのパートさん。

しかし、そんな彼女の口から、再びの言葉が繰り返されたのである。








「・・・まあ! いらっしゃい」







「まあ!」って。

脳裏にあったイメージが、音を立てて崩れていった。

目の前に絶望の二文字がちらつきはじめた僕らのテーブルに、
お構いなしの様子で老婆、否、大女将が、水を持って来た。

ゆっくりゆっくり、三人分の水を運ぶ、その立ち振る舞いは、
まるで能でも観ているかのようだったが、小刻みに震えていた。

皺がれた手に包まれたグラスが、カタカタと音を立てていた。
中の水はギリギリ零れない程度に、しかし確実に波立っていた。

その水はまるで、動揺を隠せない僕の心を表現しているようだった。


(また、つづく)


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老婆は小刻みにビートを刻む


日曜の夜、家族で夕飯を外で食べることにしたのだった。

近所に行列ができる店として評判の中華料理屋があり、
そこへ向かったところ定休日で、それなら『たんたん』
と思いきや、こちらも残念ながら定休日。

仕方なく、家路に戻る途中、ある店の前で足が止まった。

老舗なのか、落ちぶれているのか判らない、
そんな佇まいの中華料理店。

店頭に掲げられた暖簾は、本格的な印象を受けるが、
どこか薄汚れた定食屋のようにも見える。

立掛けられたメニュー看板には定番メニューが並び、
手書きの独特の文字が、これまた、隠れた名店とも
寂れた店の成れの果てとも解釈できる。

家族の表情を伺うと、一家の主である僕に命運を任せた、
そんな面持ちだった。


DEAD OR ALIVE


僕は決断し、そっと引き戸を引くと、
みすぼらしい店内の様子が目の前に広がった。
同時に、カウンター席に座る人影が見えた。



老婆がひとりでなんか食ってた。



客かとも思ったが、彼女が手に持っていたのは皿ではなく、






業務用タッパー。





「老婆=客」の線・・・ハイ、消えた。

しかも老婆は、タッパーの中の何かを、あろうことか、

手づかみで食べていたのだった。


予想だにしない異様な光景が突然飛び込んできて、
僕は、金縛りに遭ったように動けなくなってしまった。

すると、入口で立ち尽くす僕らの存在に気付いた老婆が、
ゆっくり振り向いて、そして、ゆっくり云った。




「・・・まあ! いらっしゃい」



「まあ!」って。










その感嘆詞は、なんだ。








いったい、どう反応すればよいのだ。

久しぶりに田舎に帰省した孫のようにでも振舞うべきなのか。
鳩サブレーかなにか土産でも持って来なきゃいけなかったか。

客として店に入って、いきなり驚かれてしまった経験など、
あるはずもなかった。

やはり、失敗か。
僕の選択は、間違いだったのか。
我々は、パンドラの箱を開けてしまったのか。

否。

ゲームは始まったばかりだ。

こんな店だからこそ、とんでもなく美味い料理に
ありつけるかもしれないじゃないか。

僕は、入口に立ち尽くしたまま、
猛烈な勢いで押し寄せてくる不吉な予感を
必死に振り払おうとしていたのだった。

(つづく)

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男の美意識


週末の、しかも終電間近の電車。

そこは、ある意味なんでもありの世界で、
たとえば酒の力に任せた男女がモラルを欠くばかりか、
もはや無法地帯と化すことも、しばしばである。

その日、僕はとにかく疲れていて、帰りの電車を一本
やり過ごしてまで、座って帰ろうと思ったのだった。

電車に乗り、重力に身を任せるように座席に着くと、
金曜の夜だからか、酒臭い集団が続々と乗ってきた。

喧騒を避けるように、眠ろうと瞼を閉じかけた瞬間、
僕の目の前の座席の異変に気がついてしまった。


カップルが、猛烈にいちゃついていたのである。


男は、何やら女の耳元で囁きながらディープキッス。
彼は、案の定というか、やはりというか外人だった。

女も、恥ずかしそうな素振りを見せつつ応じている。
彼女もまた、案の定というか、あーそんな感じする、
というか「私、外人しか駄目なの」的な日本人だった。

いちゃいちゃ。

彼らの隣に座っていたサラリーマンらしき中年男性は、
その状況に耐え切れず、別の車両に移ってしまった。

いちゃいちゃ。

反対隣の別の若い男性も、しばらくすると席を離れた。

一体誰がこの言葉を発明したのか知らないが、本当に
「いちゃいちゃ」と聞こえてきそうな程の破廉恥さだ。


僕は、憤っていた。


不届き者めが。公衆の面前だぞ。場をわきまえろ。

そう注意しようかと、腰を浮かしかけたその刹那、
よく見ると、破廉恥さを増幅させるような光景を
奴等は、繰り広げていたのだった。

なんと、




スカートを履いている両足が、
これでもかと云うほど大股開き。





信じられるだろうか。

公衆の面前で、スカートが捲り上がらんばかりに、
目一杯に広がっているのである。

僕は思わず、怒りを忘れて、見入ってしまった。

そして、思った。












「あ。アイルランド人て、

 
 本当にスカート履くんだ」












そうなのである。



外人の男が、
チェックの巻きスカートを履いていた




のである。

覚えておられるだろうか。
去年のアテネオリンピック、男子マラソンの乱入男。
まさに、あんな感じ。
毛むくじゃらな太ももを、露にしていたのだった。

「へぇ、巻きスカートってそんな風に履くんだ」

などと、思わぬ発見に関心すらしてしまった。


だが、しかし。
我に返ると、やはり迷惑千万な事態に変わりはない。

公共の場で、治外法権発令中なのである。

若干の猥褻物陳列罪も、適用されかねない場面だ。


再び、憤ってきた。


僕は、尻尾を巻いて逃げた男達とは違うんだぞ。

日本男児、ここにあり。
我こそは、ラストサムライ。

そんな心意気で、向かいに座る奴等を睨みつけた。
僕の血走った眼が、アイルランド人を捉えた。
男は、僕の視線に気づくと、













戸惑い気味に、股を閉じた。










どうやら、










スカートの中、

覗いてると思われたっぽい。









僕は、睨みを利かせていた瞳をゆっくり閉じると、
その場を離れたい衝動をひた隠して平静を装い、
束の間の眠りに就いたのだった。



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W杯を読む自由


相変わらず、サッカーが沸いている。

先日、W杯出場決定一番乗りを果たしたA代表は、
ドイツでプレW杯として実施のコンフェデ杯に出場中。

U-20代表は、オランダで開催中のWユースで、
ついさきほど、予選突破を決めたばかりである。

ここまで書いて、当然の如く理解される方もいれば
意味不明な単語が出てきた、という方もいるだろう。
あえてこのような表記をしたのには、訳があるのだ。

W杯出場が決まった北朝鮮戦翌日のスポーツ新聞は、
この文字ばかりが踊っていた。


W杯


国民全員で喜びを共有しよう、と云わんばかりに、
特大のフォントで、誇らしげに紙面を埋めていた。

しかしながら。


昼飯を買おうと立ち寄った、コンビニエンスストア。

住所不定者と思しき初老の男性が、ふらふらと現れ、
馴れた手つきで備付のゴミ箱の中を確認していたが、
店頭の新聞ラックに目線を移したその直後、確かに
彼は、こう呟いたのだった。











「ダブルさかずき?」









居るのである。

ワールドカップ、と読めない者が未だに居るのだ。

しかし僕は、その発言に度肝を抜かれこそすれ、
笑う気には、決してなれなかった。

彼が正しく理解していないことが問題なのではなく、
次々と勝手に言葉を記号化してしまう現代社会こそ、
問題なのではないか。

コンビニエンスストアで僕が出会った彼にとって
W杯=ダブルさかずき、だった。
杯なのだ。酌み交わすのだ。盛大に。ダブルで。

それ以上でも、それ以下でも、決してないのである。

たとえ、W浅野が『ワールド浅野さん』でも。
たとえ、女性用下着の単位が『杯』でも。

なんの問題もないのだ。



アメリカのライス国務長官は、『米国米国務長官』。



訳が解からない。

さっぱり解からないが、現代においては、
このように記号化される可能性を否定できず、
その一方で、これを



こめぐにまい国務長官』



などと読み、
新潟県知事あたりと勘違いする輩が現れたとしても、
致し方ない世の中なのである。



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山男

『上機嫌なとき、人は鼻歌を歌う』

誰しも経験があることだと思われるが、
大抵において、無意識のうちに行われる行為であり、
実際のところ、これほど厄介なことはない。

自分でも、なぜその歌なのか理解できない。
気づいたときには、小声で口ずさんでいる。

そんな、狐につままれたような状態だからだ。


先日、仕事の帰り道、深夜の静寂に包まれた中で
駅から家までの間ずっと、僕が歌っていたのは
こんな曲だった。


「娘さんよく聞けよ、山男にゃ惚れるなよ♪」


なぜ、この歌なのか、自分でもさっぱりわからない。
しかも、この先の歌詞もメロディも、僕は知らない。
なぜ山男に惚れてはいけないのか、理由も知らない。

とにかく僕は、家路に辿り着くまで、


「むっすめぇさん~、よぉくきぃ~けよっ、
 やっまおっとこにゃ、ほぉれぇるなよぉ~♪」


すこぶる上機嫌な調子で、このフレーズだけ、
娘さんと呼ぶに相当するF2層の女性に対して
根拠のない忠告だけを、ただ繰り返していたのだった。

とすると。

もし、この歌を口ずさみながら帰っている途中、
酔っ払いに絡まれている女性を偶然助けたりして、
お礼にエルメスのティーカップが家に届いたりして、
対処に困ってインターネットに助けを求めたりしたら、






山男






などと呼ばれる可能性もあったのである。










いや、ない。
damepo[1].gif





ちなみに、インターネットに助けを求めたところ、
歌詞の続きが判明した。

『山男の歌』
 作詞:神保信雄

「娘さんよく聞けよ 山男にゃ惚れるなよ♪
 山で吹かれりゃよ 若後家さんだよ♪」



つまり。

山男は、そこに山があるから登るのだ。

死を恐れている場合ではないのである。
家庭など顧みたりなどしないのである。


「めし どこか たのむ」


などと他人に頼る前に、飯盒で自炊するのである。

もちろん、





×「キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!」

○「ヤッホ━━━━(゚0゚)━━━━!!!」






であることは、いうまでもない。




(素材提供:すまいる堂さん)




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憧れの人と初対面(後編)

さて。
青山ブックセンターで、憧れの人、darling(糸井重里氏)に
遭遇した僕は、氏に話しかけるために、関連書籍を買って
サインしてもらおうと企んだが、買う金が無かったために
慌ててATMに走った、というのが、前編。(詳細は、コチラ

で。
肩で息をしながら店に戻ってきたとき、幸いにも
darlingは、まだ店内で書籍を物色中だった。

よし。

再度、主宰サイト『ほぼ日刊イトイ新聞』から生まれた
名著『言いまつがい』を手にする。
『ほぼ日』の閲覧は長年の日課になっているので、当然
『言いまつがい』は熟知しているが、念のためパラパラと捲る。
darlinと、よもや突っ込んだ話になったときのための予習だ。

やはり、面白い。

ちなみに、結構長い読者歴を誇る僕は、
優れた通販サイトでもある『ほぼ日』において、
相当なお得意さんなのだった。


<『ほぼ日』で買ったもの一覧>

『オリジナルTシャツ』(初代)
『手帳』(2002年~2005年版まで4年連続購入)
『永久紙ぶくろ』(1&3)
『ハラマキ』(元気ハラマキ×2、BACK TO SCHOOL×1)
『オトナ語の謎』(書籍)
『SAY HELLO!』(書籍)
『家族の肖像』(谷川俊太郎のCD、Tシャツ付)



もしかしたら馬鹿かもしれないくらいの贔屓っぷりである。
とにかく、とんでもなく“買わされ上手”なのだ。
まあ、どれも想像以上の品で大満足なのだが。

もっと云うと、
僕は02年に結婚したのだが、ちょうどその頃『ほぼ日』で

『今年結婚のご予定のあるカップルから
 「新しい家庭では、こんなおもてなしをしたい」メールを募集。
 当選したら、
 『GUEST&ME』(ほぼ日がライオン㈱と作ったトイレタリー商品群)
 を招待客の人数分をプレゼント+生darlingのスピーチ付き!』

なる企画があり、当然ながら応募を考えたのだが、
応募締切前に結婚式を迎えてしまう、というバッドタイミングで、
ダメモトで「応募したんすけど、無理すか」という主旨のメールを
送ったところ、ご本人(たぶん)から、


「それは無理ですと、言っておきます」


という、一文のみの短い返信が届いたことがあった。
※結局、『GUEST&ME』に惹かれたので、自腹で引出物に採用。

そうなのである。僕は、darling(たぶん)と



メール交換したことがある仲。



向こうは覚えちゃいないだろうが、この話もネタになるぞ。

そんなことを思い出していたら、そういえば手持ちの鞄に
『ほぼ日手帳』があることにも気がついた。
鞄の中で、皮カバーの手帳が「俺を使え」と云っている。


そうだ!


どうせなら、今日の日付の欄にサインしてもらおう。
本より、そっちのほうが粋だよ。小粋だよ。ドラマチックだよ。
てことは、




ATM行く必要、なかった。




まあまあ。
ともかく、数々のシミュレーションを繰り返し、
引っ込み思案で緊張しいの僕でも、覚悟はできた。

いよいよ、憧れのdarlingこと糸井重里氏に話しかける時。

そう思った瞬間、僕の目にある本のタイトルが飛び込んできた。



『初対面の教科書』



おちまさと氏プロデュースの新刊だ。

おち氏と云えば、これまたクリエーターとして類稀な才能を持ち、
僕の『憧れの人BEST100』に上位ランクされる存在。
もちろん過去にプロデュースされた2冊の書籍
(『企画の教科書』 『企画火山!』)も、購入済である。


待てよ。


このタイミングで、このシチュエーション。

ズラッと平置きされている『初対面の教科書』は、
まさに、おち氏が僕に、





「読んどけ」





そうアドバイスしてくださっているように聞こえた。
いや、そうとしか受取れなかった。

念には念を、だ。

おち氏から、初対面で失敗しない方法を少しでも吸収し、
良き出会いに変えるテクを身につけ、それからdarlingへアタックだ。

そっとページを捲ってみる。


やはり、面白い。


“初対面”に対して、苦手意識の塊だった自分が、
その呪縛から解き放たれていくのを感じる。

緊張していた自分が、リラックスしていくのも感じる。

話しかけるネタを探す、という方向性は間違ってない。



よし!



いざ!



素直さと謙虚さを忘れずに、腹をくくってdarlingに・・・














もう居なかった。









『初対面の教科書』、


長いこと、立ち読みしすぎた。








結局、しばしの間、行く宛もなく店内を彷徨った僕は、引き出した金で
『言いまつがい』 と 『初対面の教科書』、両書を買って帰った。


相変わらず僕は、買わされ上手である。








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憧れの人と初対面(前編)

糸井重里氏に遭遇した。

そんなの、どうでもいい人にはどうでもいい話なのだろうが、
仮にいまの僕が小学生なら、卒業アルバムの『将来の夢』の欄に

『糸井重里、みたいな感じ』

と書く。間違いなく、書く。

僕にとっては、それほどの御方で、『私の憧れの人BEST100』にも
毎回ランクインする常連さんなのである。

それほどリスペクトしている糸井氏、否、darling(※)に、
青山ブックセンターでバッタリ会ってしまったのだ。
(※)糸井氏は、主宰サイト『ほぼ日刊イトイ新聞』でdarlingと呼ばれている。

まあ、実際は「バッタリ会った」のではなく「お見かけした」だけだが、
僕にとっては、これはもう、ちょっとした一大事である。
そんな僕が最初にとった行動は、



観察。



リスペクト対象が、いままさに目の前に居るのだ。
観察しないわけにはいかない。

darlingは、ジーンズ姿のカジュアルな格好で、
広い店内を物色しておられたのだが、お買い物はなんと、





カートで。




さすが。

手持ちでは買いきれないほど大量に購入中のご様子で、
カート内には、すでに十冊はくだらない量の書籍が。

リスペクト対象たるもの、こうでなくちゃならない。

感心しつつ、法に触れぬ程度のストーキングに及んだが、
さすがにビジュアルを楽しむ御方でもないので、すぐに



話しかけたい。



という衝動が沸き起こった。

折りしも、『ほぼ日刊イトイ新聞』は7周年を迎えたばかり。
話すきっかけになるぞ、と直感的に思ったのだった。

しかし同時に、自慢のマイナス思考もまた作動したのだった。

「darlingは買い物をしておられるのだ。
 いきなり赤の他人である僕が話しかけるというのは、
 かなり無礼なことなんじゃないか」
 
「そもそも、いきなり話しかけて
 『いや、ほら、あのサイト、7周年、おめでとうございます』
 って、関係者でもないのに馴れ馴れしいんじゃないか」
 
「だいいち、ここは本屋だぞ。
 静寂に包まれている店内で、もしも騒ぎにでもなったら、
 “本待つ店頭”いや“本末転倒”じゃないか」


そんなこんなでウジウジしていたのだが、急に妙案が閃いた。


『ほぼ日関連の書籍を買って、サインしてもらおう』


お蔭様で、ここは天下の青山ブックセンター。
『SAY HELLO!』、『オトナ語の謎』、『言いまつがい』といった
ベストセラーが、強力プッシュ中とばかりに勢ぞろいである。


3冊の中で唯一、持っていない『言いまつがい』を購入しよう。
それにサインしてもらうのを口実に話しかければ、自然なはずだ。
そこで「7周年おめでとうございます」の言葉も添えれば、
さすがのdarlingも、僕を無下に扱わないでくれるだろう。


そんな読みを働かせて、平台に積まれた『言いまつがい』を
一冊手にとると、darling目掛けて歩きはじめた。



「いや、待てよ」



さすがに購入前にサインをもらうのは駄目じゃないか。
購入前の書籍に手を加えるのは、それこそ犯罪だぞ。
青山ブックセンターにも、darlingにも失礼にあたるんじゃないか。


僕は、方向転換すると、急いでレジへ向かった。
支払いがすぐにできるように、ポケットから財布を出しながら。

と、ここで重大な局面が訪れた。






財布の中身が、128円しかなかった。





たった540円(税込)の文庫本が、






買えん





どうする?



急激に汗ばみはじめる手には、お話をするキッカケになるはずの
文庫本『言いまつがい』。

僕は、とっさの判断で『言いまつがい』を元あった場所へ戻し、
勢いよく店を出た。




「darling、待っててくださいよ!」




そう心の中で叫びつつ、無我夢中で近くのみずほ銀行ATMへ
猛ダッシュしていたのだった。



『じゃあもう、フツウに話しかけりゃいいじゃん』

そんな当たり前の選択肢など、まったく頭に浮かばないままに。



(続)




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息子

阿呆な文章ばかり書いている僕だが、これでも息子を持つ親である。

まあ、男は皆、ムスコを持つ親であるわけだが。

くだらない下ネタはやめておこう。

とにかく。

我が息子がこの世に生を受けてから、二年半である。

我が子のことは以前にも少し書いたことがあるのだが、
たった二年半のあいだにも、さまざまな




発見・・・


感動・・・


成長・・・


涙・・・


教育・・・


勉強・・・


恋愛・・・


相談・・・


熱血・・・







大和田獏「教師?」


司会者「正解」



檀ふみ、りんご置いて席を立つ―――




とまあ、『連想ゲーム』(NHK、1968~1991)のお題になるほどである。



そんなわけで、今秋に三歳になる息子は文字通り、青二才なのだが、
それでも、彼には驚かされることが本当に多い。

そんななかでも、先日、ある事実に直面して、
恐らく生まれてから一番の強い衝撃を受けてしまった。


それは・・・











息子のムスコは、もう剥ける。










これには、心底、驚きました。

先日の、日本ダービーのディープインパクトどころの衝撃では済まされない。


久しぶりに一緒に風呂に入っていると、息子が

「○※■☆▲、するぅ~」

と云いながら、おもむろに剥いたのだった。



スルッと。



僕は、あまりに突然の出来事に、しばし呆然としてしまっていたが、
息子が何か言葉を発しながら行為に走っていたことを思い出すと、
しゃがみこんで目線を同じ高さにし、彼の両肩をしっかり掴んで尋ねた。



「何をする、って?」




彼は、そんなの決まってンじゃん、とばかりに平然と答えた。












「ジャンジャジャン、するのっ!」











・・・僕は、もはや親馬鹿だと云われても構わない。

笑いたければ、笑うがいい。

でも、これだけは云わせて欲しい。





えてして卑猥になりがちな、というかモロ卑猥な行為を、
まさに態度とは裏腹にソフトな言葉で包み隠しながら、
相手に対して実にソフィスケートな印象すら与えている・・・







見事な表現力だ!



いろんな意味で。






偉いぞ、凄いぞ、息子よ!



いろんな意味で。







ただ、いつどこでそれを習得したのか、未だ謎のままである。


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