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2006年07月

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残念な光景

日々の生活のなかで、“残念な光景”に出くわすことがある。

ありふれた、よくある日常のひとこまに過ぎないのだけれど、
偶然にも遭遇する羽目になって幻滅したり、がっかりしたり。

自分が「こうあるべきだ」と思う規格を大幅に下回る映像が
突如として現われたとき、人はそれを“残念な光景”と呼び、
想像もしなかった意外な事実として、心に刻まれるのである。



終電間近の電車での出来事だ。

仕事を終えて電車に乗ると、若くて綺麗な女性が座っていた。

本当に綺麗な人だった。

「女性」と書いて「ひと」と呼びたくなる、そんな類の人だ。

乗車の人波に押され、導かれるように彼女の前に辿り着くと、
僕は持っていた雑誌を広げつつも、その美貌が気にかかって
チラチラと彼女を見てしまっていた。

ファッションモデルか。それとも、アイドルとか女優の卵か。

勝手に職業を想像したりしていた僕の視線に気づくことなく、
文庫本に夢中の彼女だったが、やがて目がとろんとしてきた。

どうもおねむの時間になったようで、文庫本を手にしたまま、
ついに彼女は静かに瞳を閉じた。


ドキッとした。


「ウチダが~、電車で~、絶世の美女に~、出会った~」


そんな調子で下條アトムのナレーションが聞こえてきそうな
絶妙な表情は、まさしく“眠れる電車の美女”だった。


だが、いくら観賞に値する美女を目の前にしたからといって
あんまりジロジロ見るわけにはいかない。僕にも分別はある。

僕は雑誌に視線を戻し、残りの乗車時間をやり過ごしていた。


それから10分ほど経った頃、僕はある異変に気づいた。

電車に揺られながら雑誌を読んでいると、その揺れに合せて
「ゴツ、ゴツ」となにやら鈍い物音がするのだ。

そしてその物音は、明らかに前方から聞こえていた。

僕は前の席を見て、思わず言葉を失った。










美女が爆睡してヘッドバンキング










ついさっきまでは“眠れる電車の美女”だったはずの彼女が、
魂の抜け殻の如き阿呆面で頭を窓に打ちつけていたのである。

キューティクルな黒髪は乱れ、口元はだらしなく開いていた。

おまけに、閉じたはずの瞳まで半分開いて白眼がチラリズム。


「あられもない姿」とは、まさにこのことである。















一瞬にして僕を虜にした貴女は

どこへ行ってしまわれたのか?
















目を覚ませば、すぐにさっきまでの美貌に戻れるのだろうが、
なんだか永遠に醜態を晒すのではと思うくらい爆睡しとった。

残念だ。

残念な光景を前にすると、下條アトムとはしゃいでいた僕は、
もうそこには居なかった。

なんともいえない想いが、ただただ宙を彷徨うばかりである。


もちろん、彼女に罪はない。

彼女とて、無防備な姿を曝け出すのを望んでいたはずもなく、
正気に戻った後、睡魔を恨み、後悔し、そして恥じるだろう。

しかし、彼女の内に潜むダークサイドを覗いてしまった僕は、
現実を直視して嘆くしかなかった。


さらに不幸なことに、彼女は頭を上下左右に振り回した挙句、
隣に座っていたエロ親父っぽい男の肩に預けてしまっていた。

正気ならば決して近づかないような男に寄り添う、元・美女。

男もさりげなく装いつつ、たぬき寝入りで彼女に寄り添った。


残念なカップルの誕生、である。


エロ親父は途中の駅で一旦は腰を浮かしかけたにも関わらず、
隣の彼女をチラ見し、そして腕時計を確認すると座り直した。

たぶん自分の降りるべき駅を、わざと乗り過ごしたのだろう。

エロ親父は、にやけ顔で確かにこう呟いた。















「・・・延長しちゃおうかな」















“残念な光景”とは人間の業を目の当たりにすることでもある。



(了)




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favorite text


[はじめに]

またいつものように更新が滞っているが、いましばらく
お待ちいただきたく思う一方、音沙汰ないのもなんだし、
ということで、今回は、僕がこれまでインターネットで
出会った中で一番笑った文章を紹介したい。

初めて読まれるという方も、すでに御存知だという方も、
すべての方が心おきなく楽しんでいただけるものと思う。

では、どうぞ。



+++++



『熱血アメリカ人教師』


高校の頃に、英語の授業に20代前半の結構イケメンな
アメリカ人教師が来た。

授業は生徒一人一人がアメリカ人先生に名前を呼ばれて、
前に出てきてマンツーマンで話をするっていう形式。

アメリカ人先生には、あらかじめ授業前に生徒の名前を
ローマ字に直したプリントを渡してた。

授業が始まると、カタコトの日本語で挨拶をする先生に
女子連中はキャーキャー言っていたのだけれど、それを
厳しい口調で注意するような、真面目な先生だったので、
みんな真剣に授業に臨んでた。

授業は順調に進んで、やがて、結構人気のあった女子の
『新保(しんぽ)さん』の番になった。

先生はそれまでやってきたのと同じように、大きな声で
彼女の名前を呼んだ。


「ジャアツギノヒトネ。ンーーアーー・・・















 ちんぽ!ちんぽサン!










生徒は一瞬凍りついた。


教室にいた全員が瞬時に「笑ってはいけない!」と思った。

でも、たぶん『シンポ』と言っているんだろうけれど、
どう聞いても日本語の『ちんぽ』だったし、


「それまでカタコトだったのに、なぜよりによって
 『ちんぽ』の発音だけがこんなにネイティブなのか」


とか

「なぜか『ちんぽ』に敬称を付けている」

とか考えだすと、みんな耐えられなくなった。


結局、新保さん以外の全員が爆笑。

新保さんは、顔を真っ赤にしてうつむいていた。


その様子を見ていたアメリカ人先生は、状況が飲み込めて
いないようだが、生徒の一人が皆の笑いものになっている、
という状況だけは理解できたらしい。

突然、般若のようなもの凄い顔になり、
その爆笑をかき消すかのような大声で


「シャァァラッップッ!!」


と全員を一喝した。

その表情とテンションの凄さに、教室は水を打ったように
静まり返った。


しかし、先生の怒りのボルテージは上がったまま。

新保さんの肩に手を置くと、先生は言った。





「ナンデ?
 
 ナンデミンナちんぽをワラウ?
 
 ちんぽガナニカシタ?」






全員が





「お前のせいだ」





と思った。そして、





「男性生殖器の名称を連呼するの、

 やめてください」






と思っていた。と思う。


その後、慰めようとしたのだろう、先生は優しい口調で
うつむいて座っている彼女に語りかけた。





「ちんぽゲンキダシテ。

 マエニキテクダサイ。
 
 ちんぽスタンドアップ!」






新保さんも笑った。



(了)





[編集後記]+++++++++++++++++++++++


お楽しみいただけただろうか。

ソースは、2ちゃんねるの書き込みのようだが、巡り巡って
コピー&ペーストされたこのテキストを暫く前に読んだとき、
僕はとても幸せな気持ちになった。

下ネタなのに、爽やかであり心温まる読後感。

最後の一文にいたっては、感動的ですらある。

僕の理想形のひとつ、といえるかもしれない。


というわけで、見知らぬ誰かのテキストを無断転載しており、
また掲載にあたって、文章のレイアウトおよび若干の語句の
追加や削除も施しているので、著作権侵害に当たる可能性が
無きにしもあらずんば虎子を得ず、という感もあり、もしも
御指摘などがあれば、御一報いただきたく思う次第である。


まあ、とりあえず、いろいろと文句がある方も全然ない方も、
下にあるランキングバナーは押していただけると幸いである。

押したあとで、各々が諸々、やりたいことを。


じゃあ、また次回。こんどは僕のテキストで。


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天丼


先日、仕事の合間に天丼屋で昼飯を食べたときの話である。

勤務する会社の近所にチェーン展開している天丼屋があり、
さくっと食べたいときに利用するのだが、あ、ここでいう
“さくっと”というのは明らかに“短時間で”的なことを
若者的な言葉で置き換えているだけで、別に天婦羅の衣が
“さくっと”しているわけではないのだし、考えてみれば
僕はもう若者ではないので、そういう言葉を発することは
似つかわしくないかもしれないなどと思いつつ、それでも
本心を言わせてもらえば、やっぱり天婦羅の衣はできれば
“さくっと”している方が好きなのだけれども、この店の
天丼の価格を思えば分相応の食感しか味わえないことなど
ずいぶん前から重々理解しているのであり、結局のところ、
それを承知しながらこうして足を運んでいるということは、
そのときの僕は食事の充実感や満足感を求めてはいなくて、
むしろ時間の節約を欲している、ということに他ならない。


などと保坂和志っぽく書き始めてみたが、所詮は真似事だ。

のっけから馬鹿げた文章を読まされて疲労感を覚えた方に、
まずは深くお詫び申し上げたい。


というわけでスタートダッシュに失敗した感が否めないが、
要するに時間がなかったので安い天丼屋に行ったのである。

そこはファストフード然とした店で、店員も外国人ばかり。

まったく、この国のファストフードチェーン店はいつから
アジアンテイストに染まってしまったのだろう。

悲しいほどに東京都港区にあるファストフード店の接客は
カタコトなのだった。


スローフードで部数を伸ばした『ソトコト』とは大違いだ。


それでも、丁寧に接客していただければ「頑張ってね」と
異国の地で働く彼等にエールのひとつも贈ろうと思うのに、
僕は、なかなかそんな気持ちになれない。

なぜなら、彼等は総じて


無愛想だから。


もちろん外国人労働者がすべて当てはまるわけではないが、
接客に対する考え方の違いなのか、日本をなめているのか、
日本人ではあり得ない接客態度を彼等は平気でしてしまう。


実際、僕の元へオーダーを取りに来た中年女もそうだった。

彼女はグラスを無造作に置くと、こう言った。





「注文、ナニスル?」





胸の名札を見るまでもないカタコトだった。

僕は、やれやれと思いながら彼女に上天丼を注文した。

そして、彼女がコップを置いた際に零れた水を拭いた。


すぐに料理が来るはずだからとぼんやり待っていると、
なにやら厨房から大声が聞こえてきた。



「テンチョー!」



店内の箸を全部止めた声の主は、例の中年女店員だった。

さっきまでレジにいた同じく外国人らしき若い女を従え、
店長だと思われる初老の日本人男性に詰め寄っている。

僕の天丼を作るべき店長の手は、すっかり止まっていた。

中年女は店内の様子を気にすることなく、まくし立てる。

「テンチョ、ワタシ、シフト入れないで言ったでショ!
 モリオカさん来たら、ワタシ、すぐ帰るからネ!
 ワタシ、アノ人は無理ヨ。チョウさんも同じネ!」


若いチョウさんが、隣で控えめに頷いている。

中年女の物凄い剣幕に、店長は困惑顔で固まったまま。

中年女は続ける。

「モリオカさんと一緒いたら、ワタシとチョウさん、
 働く人数入らないヨ。ワタシら、スグ帰るヨ!」


どうやら、彼女達はモリオカさんと相性が悪いらしい。

なにがなんでも、一緒に仕事をしたくないようである。

彼女は感情をあらわにして、店長に訴えてかけていた。

途中、聞き取りづらい言葉も多々あったが、とにかく
言いたいことを言いたいだけ、伝えているようだった。


たしかに、自分の意見を相手にぶつけることは大事だ。

先日、現役を引退した中田英寿もしきりに言うとった。

彼女みたいな人間が、日本代表には必要かもしれない。

接客態度はバツだが、日本人にはないメンタリティだ。


しばらくの間、彼等のやりとりを聞いて、僕は思った。















天丼、まだ?















僕がこの店に来たのは食事をさくっと済ませるためだ。

そんな下世話なやりとりは営業が終わってからにしろ。

いや、せめて、オレの上天丼を作ってからにしてくれ。


中年女は自分が勤務中であることを忘れているようだ。

そんな分際でモリオカさんと一緒に働きたくないとか、
偉そうなこと言うなよ。むしろ、モリオカさんに謝れ。


いや、せめて、早く自分の仕事に戻ってくれ。


カタコトでもソトコトでもいいから。


早く天丼を作ってくれ。


時間がないんだ。


早くしろ。


早く!


と、そこで携帯電話が鳴った。無情のホイッスル。

会社からの呼び出し。午後の打合せに出なくては。


厨房で続く喧騒を横目に、僕は諦めて席を立った。

いったい僕は何のために天丼屋へ来たというのか。

衣もさくっとしておらず、たいして美味くもない、
そんな天丼を食べることすら叶わなかった。


虚しさとやり切れなさが込み上げて、僕は思わず、
天井を見上げた。















いまうっかり「てんどんをみあげた」と読んだ貴方、
中年女はたぶん中国人なので、漢字を教わりなさい。

で、そのかわりに接客のイロハを教えてあげなさい。


(了)


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マイナーチェンジ

「マイナーチェンジ」という言葉がある。

自動車などの工業製品において、デザインや性能などが
部分的で小規模な変更を施される場合に使われる言葉だ。

大規模な変更の場合は「フルモデルチェンジ」と呼ばれ、
以前の製品とは大幅に異なる製品であることを意味する。

僕は思うのである。

この言葉、人間にも応用できるのではないか。

例えば、こんな感じだ。


ブリーフ派からトランクス派に、マイナーチェンジ。


たぶん、股間に開放感を与えたかったのだ。

もしかしたら「新しい風を吹き込みたかった」とか言って
新党旗揚げのような気分で変更したのかもしれない。


だが、トランクス派にチェンジするくらいならまだいいが、
女性用下着に変えるようだったら、ことである。


これはもう、フルモデルチェンジと呼ぶべきだろう。


なにしろ、仕組み自体が変わっとるのである。

仕様も機能も変わるし、なにより人生が激変した瞬間だ。



そう考えると、ここで言うところのフルモデルチェンジは、
人間に当てはめると、あまり良い影響を及ぼさない気がする。


すごく内気な奴だったのに、最近やけに壺を勧めてくるとか。

薄毛で悩んでいた奴が、急にありえない髪型になってるとか。


本人は自己責任だからいいけれども、周囲の人間にとって
あまりの急激な変化は、決して有難いことではないと思う。

そこにあるのは、ただただ、驚きと戸惑いだけなのである。


例えば、書店に並ぶ自己啓発本に「人生を変えよう」とか
「今までとは違う生き方を」とか書いてあることが多いが、
切羽詰まった心理状態で、そんなものを貪るように読んで、
その場で感銘を受けちゃって、思いきり真に受けちゃって、
挙句にフルモデルチェンジしようとしても、それは無理だ。

すぐに変わらないし変えられないから、いまの自分がある。

突貫工事的に変えようとしても、いびつな形になるだけだ。

もちろん、変えること・変わることを否定するのではなく、
モノには順序があるだろう、と言いたいのである。


人間は、マイナーチェンジしながら生きるべきだと思う。


古くて恐縮だが『365歩のマーチ』という名曲がある。

僕は、この曲の世界観こそが“マイナーチェンジの精神”
なのではないかと思うのだ。

その歌詞を、ちょっぴり詩的に紹介してみよう。


+++


確かに幸せは歩いてこないから歩いていくしかない。

でも、急いで一気に走る必要などないんじゃないか。

一日一歩ずつ、地道に歩いて行けばいいじゃないか。

三歩進んで二歩下がったとしても、いいじゃないか。

汗をかき、べそをかき、それでも休まずに歩こうよ。

貴方の遺した足跡には、綺麗な花が咲くに違いない。



+++


いかがだろうか。

地道に、すこしずつ、でも前を向いて変わっていく。

これこそがマイナーチェンジなのではないかと思う。


ちなみに、この曲は“人生”をこう位置づけている。





『人生は、ワン・ツー・パンチ』





そうなのである。















ここだけ、わけわからん










一歩、二歩、という意味でのワン・ツーなら、解る。

だけど、パンチってなんだ。なんなんだよ、パンチ。

その概念は、いったいどこから湧いて出てきたんだ。


最も大事な箇所であるはずが、なんだか勢いだけで
それとなくお茶を濁された気がするのは、僕だけか。


できれば、この歌詞はマイナーチェンジしてほしい。



(了)


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