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2007年06月

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ミルクフランス

もう夏の訪れを感じさせる、陽射しが眩しい月曜の朝。

いつもより少し早めの電車に乗って、会社へ向かった。
前週からの仕事が溜まって、いっこうに捗っていない。

最寄駅を出てから、会社近くのベーカリーに立ち寄る。
こんな気分の朝に食べる朝食は、だいたいいつも同じ。

ミルクフランス。

フランスパンにサンドされたミルククリームが、絶妙。
濃厚な甘さのクリームは、頭を働かせるエネルギー源。

まだ誰も出社していない時間帯で、オフィスは施錠中。
ロックを解除して電気を点けると、自席に荷物を置く。

PCが起動するまでの間、給湯室でコーヒーを淹れる。
専用のマグカップにブラックを注いで、デスクに戻る。

画面上には、TODOリストと新着メールの受信表示。
意外に面倒な案件が多くて、軽く眩暈がしそうになる。

マウスに置いた手を止め、ふう、と大げさに息をつく。
カップに残ったコーヒーを飲み干し、目頭を押さえる。

どうにか気を取り直し、二杯目を注ぐために席を立つ。
再び戻ってみると、すでに画面はスクリーンセーバー。

星が瞬く宇宙空間は、まるでブラックコーヒーのよう。
ワンクリックで、それこそ瞬く間に現実世界へと戻る。

視線を画面に向けたまま、ベーカリーの袋を探しだす。
右手にはマウス、左手には剥き出しのミルクフランス。

おもむろに最初の一口を頬張ったところで、気づいた。










ミルククリーム、挟まってない。










『ミルクフランス』のはずが、まさかの『フランス』。

僕の手中にあったのは、ただの小ぶりなフランスパン。
味も素っ気もない、無駄な切れ目が余計に虚しいパン。

週明け早々、仕事が立て込んでいる現状を憂い嘆いて。
それでも「今週も頑張ろう」と気合を入れ直した矢先。

「人生とは、かくも甘くないのか」と思い知らされた。

信じ難いことに、クリーム不在の経験は過去にもある。
不運で残念で遺憾なことに、なんと通算三度目の悲劇。

口内に残るぼそぼそ感を、コーヒーで一気に流し込み。
誰もいない静かなオフィスで、僕は思わずぽつり呟く。



「仏の顔も三度まで」



ミルクフランスの担当者よ、この言葉を心に刻んどけ。



(了)





[休載のお知らせ]
パン屋へ殴り込む準備で忙しい為、しばらく休みます。
7月に再開予定、それまでバックナンバーでもどうぞ。




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うどん屋の張り紙

先月から通いはじめたスポーツクラブへの道すがらに、一軒のうどん屋があるのだった。

とはいっても、スポーツクラブへはゴールデンウィーク明けに一度行ったきりで、うどん屋もそのとき店の前を通り過ぎただけだ。

うどんを食べたこともなければ店内の様子も何ひとつ知らない。ついでに言うと店名すら覚えていない。

記憶に残っていることといえば「そこにうどん屋がある」という事実と、入口に『準備中』の札ととも一枚の張り紙があったことくらい。

だが、僕はこのうどん屋に対して非常に好感を抱いている。

なぜなら、張り紙に書かれていた文章が印象的だったからだ。






「大変申し訳ありませんが

 6月2日は祖父の卒寿祝いのため、

 午後3時までの営業とさせていただきます」


 店主








なんだろう、この心温まる感じは。

通常、こういった自営店舗がプライベートな理由で臨時休業するとき、大抵は「都合により」「私用のため」と言葉を濁すことが多い。

だが、この店の店主はそうしなかった。

休業理由を「祖父の卒寿祝いのため」とはっきり明示しているのだ。

これは言い換えれば「祖父の卒寿祝い」を「店舗営業」に優先させる、ということにほかならない。


「 仕事 < 家族 」の意思表示。


家族より仕事を優先する人が多いことを揶揄されがちなニッポン社会において、こういった堂々とした態度は清々しくさえ思える。

その一方で、家族の記念日であっても丸一日休むという選択はせず、あくまでも「午後3時までは営業する」という驚くべき判断を下している。

家族の皆が“お祝い”で浮き足立っているであろう当日も、店主は顧客を大切にする精神を忘れることなく、スケジュール的なギリギリのラインをすり合わせた結果として「午後3時まで」はいつもどおり店を開けてる心意気なのだ。


家族想い。だけど、仕事も熱心。


僕は、一枚の張り紙から非常に多くを学んだ気がする。


くしくも、今日(6月2日)は、卒寿祝いの当日である。

このうどん屋さん一家にとって良き日になりますように、と願わずにはいられない。


そうだ。

こんどスポーツクラブへ行った際には、このうどん屋へ立ち寄ろう。

そして、この張り紙の話をしよう。

思わず心が温まったことへの礼を言いながら、うどんで体を温めるのもオツな話じゃないか。

通りすがりの分際で出すぎた真似かもしれないが、僕からもお祖父さんの卒寿をお祝いさせてもらおう。

「これからも寿命を延ばしてください」なんて生意気を言いながら。

「麺は延ばさないでください」なんてくだらない冗談も言いながら。


ただ。

ひとつ残念なのは、『ナイト会員』の僕がスポーツクラブへ行く時間帯には、既にうどん屋は営業終了しているということである。



(了)




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