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括弧マジック

括弧マジック

文章を書く際、誰もが必要に応じて使う記号、それが括弧だ。

代表的な存在といえば、文の中に他の文や語を引用する時に
その開始点と終了点に書かれる 「かぎ括弧」 である。

本ブログにおいても、当然のようにフル活用している。

だが今回、僕が注目したいのは (まる括弧) の存在だ。

主に、説明をその直後に挿入するのに使う(まる括弧)は、
メールが普及した現代において劇的な進化を遂げている。

メールの内容が送信者の意図した通りに相手に伝わる確率は
50%程度に過ぎない、というレポートをどこかで読んだが、
その状況を補完するすべとして(まる括弧)は発達した。


たとえば、 (笑) である。


「私はいま、笑っていますよ」という、そのままの表現だが、
文脈から書き手の心理状況を察することができない場合では、
これがあるとないとでは大きな違いである。


仮に「おまえ、馬鹿だなあ」というメールが届いたとしよう。


前後の文章にもよるが、この一文で言えることは、貴方は
まさに文字通り、相手に馬鹿にされているということである。

貴方が怒りに我を忘れてしまっても誰も文句はない。

ところが、これが次のようになると、話は変わってくる。


「おまえ、馬鹿だなあ(笑)」


これを読んだ貴方は、我を忘れるほど激怒するだろうか。

もちろん、答えはノーだろう。

この一文から読み取れるのは、相手が貴方という人間を
とても愛おしい存在として捉えている、という親近感だ。

貴方が携帯電話を手に思わずニンマリしちゃったとしても、
周囲に薄気味悪く思われてしまう程度で、誰も文句はない。

あるかないかで、文章に対する解釈がまるで異なってくる。

これはもはや、(まる括弧)マジックと言わざるを得ない。


と、もっともらしいことをだらだらと書いてみたわけだが、





本当は、どうでもいい。





わざわざこのような例を挙げるまでもなく、ネット社会では
(爆)というよく解らないものや、顔文字などという括弧を
上手く利用した新しい文化が生まれて久しい。

これらは人それぞれにポリシーや好き嫌いもあるだろうから、
好きなら大いに活用すればいいし、嫌いなら嫌いで相手との
コミュニケーションが円滑に進めば、無理に使う必要はない。



しかし、新聞や雑誌の記事は、そうもいかないのだった。



紙媒体は、限られた紙面で情報を的確に伝達する役目があり、
それゆえに(まる括弧)を効果的に活用してきた歴史がある。

象徴的なのは、記載する人物特徴を補足説明する手段として
使用される(まる括弧)である。


山田太郎さん(28)

山田花子さん(OL)

毎日読男さん(仮名)



といった具合だ。

年齢や職業を最小限の文字数で端的に表して、その対象を
的確に表記することで情報に厚みを持たせている。

まあ、最後の仮名だけは、もし(まる括弧)が無かったら、
名付け親の頭はどうかしてるんじゃないかと心配になる程
ふざけた名前である場合が多いが、これも、(まる括弧)が
存在しているからこそ安心してふざけていられるのだろう。

そういった意味においては、紙媒体では、書き手が(笑)
などと表現するはずもなく、先に述べたようなマジックは
存在しない、と考えるのが普通である。

じゃあ、新聞で(まる括弧)マジックは拝めないかというと、
これが、そうでもない。


ちゃんと、あるのである。





新聞ならではの、(まる括弧)マジックが。





たいていの新聞には、読者からの投稿記事欄が設けられている。

日常のひとこまを掲載するようなスペースだ。


そこに、たとえばこんな記事があるとすると、これはまさしく
(まる括弧)マジックである。



それでは、じっくり味わっていただきたい。



+++


「母からのメール」


今年に入って、休日出勤が続いたり、上司と揉めたりと、
会社で良いことがなくて、すっかり落ち込んでいた私。

友達からのショッピングや食事の誘いも、残業のせいで
断るしかなくて、周りはどんどん幸せになっていくのに
私には素敵な人はいっこうに現われず、ずっと仕事が恋人、
というありさまでした。

誕生日だったその日も残業で「なにやってんだろ、私」
と溜息が出るくらい、いつもと変わらない一日でした。

残業を終えて帰りの電車に乗って居眠りをしていると、
滅多に鳴ることのない携帯電話の着信音が。

母からの携帯メールでした。

さいきん、ようやく母が携帯電話を買ったらしいことは
聞いていましたが、機械音痴の母が携帯電話を持った
ということ自体が意外なことだったので、携帯メールを
受信したとき、私はとても驚きました。

そんな母が私に送ってくれた、たぶん人生初のメールは、
こう書かれていました。

『おたんじようびおめでとう』

変換もされず、ひらがなだけの、たった一行のメール。

誰からもお祝いされず、自分でも、今日も同じ一日だな
と思っていた夜に届いた、母からのメール。

幾つになっても、母は私を想ってくれていることを感じ、
母にとって、私はずっと子供のままなのだと思いました。

家事ですっかり荒れた手で不器用に携帯電話を操作する、
そんな母の姿が脳裏に浮かんで、満員電車にも関わらず
思わず涙がこぼれそうになりました。

母が送ってくれたメールは、今も大切に保存しています。


(68歳・男性、清掃員)



+++



(了)
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