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ポーズ

ポーズ

我々は、なにかにつけてポーズをとりたがる生き物である。

代表的なポーズといえば、やはり「ピースサイン」だろう。

人差し指と中指を開いて前方に突き出す、例のアレである。

ヒッピーがハッピーな頃に流行し始めたのだと思われるが、
あのポーズをとる際に、平和を願ったり考えたりする者は
いまとなってはまずいないだろう。


最近では僕の息子も、写真を撮るとき「ピースサイン」が
自然と出るようになってしまっている。

もちろんそれが悪い訳ではないのだが、ひとつ問題なのは
「ピースサイン」が知らないうちに進化している点である。

息子は「ピースサイン」をする際、手を突き出すことなく
己の頬に密着させ、二本の指は限りなく閉じている。

かつてプリクラ全盛期の若い女がとっていた、あのポーズ。

「ピースサイン」がそこに込められた意味だけではなく、
その形すらも忘れ去られた動かぬ証拠である。

だいたい、あの摩訶不思議なポーズはなんだ。

あれはもはや「ピースサイン」とは呼べない。

あえて名づけるとすれば、あれは





「加トちゃんペ予告」





である。

「これから加トちゃんペ、やりまーす」

そんな事前告知である。

まあ「加トちゃんぺ」も、日本人にすっかり浸透しており、
どちらに転んでもポーズをとっていることには違いはない。

結局そこに映し出されるのは、日常生活で見せないような、
かといって何かを訴えるわけでもない、奇妙な人間の姿だ。


我々がポーズをとってしまう最大の理由は、カメラにある。

カメラを向けられると、我々は否応無くポーズをとらずに
いられない身体になってしまっているのだ。

それは被写体の義務感か、それとも素の自分が映る怖さか。

もし魂を抜かれるのを心配してポーズをとる方がいたなら
それは絶対無いので安心してほしいが、とにかく現代人が
不憫な身体になっていることは確かである。

だいたい、カメラが発明される以前にポーズをとる機会は
それほどなかったはずだ。

あるとしても肖像画やなんかのモデルさんぐらいだろうし、
それにしたって経験者の数は、ごく僅かだったと思われる。

昔は、ポーズなんて存在しなかったのだ。たぶん。きっと。

それがいまや、日本全国津々浦々まで国民総被写体である。

坊主が上手に屏風の前でポーズをとっとる時代なのである。



そしてこのポーズの病は、八月になり最高潮を迎えている。

夏休み真っ只中、旅行シーズン真っ盛りであり、たとえば
国内に限定しただけでも、観光地を中心として全国各地で
「ピースサイン」が横行中だ。

しかも、それだけで飽き足らない者になると、悲しいかな、
更に珍妙なポーズを繰り広げてしまう。

北は北海道で、クラーク博士の目の前である方角を指して、





「美味しいジンギスカン屋は

 あっち方面だってよ!」






と叫ぶのである。

南は沖縄で、シーサーに抱きついたり鼻の穴に指を入れて、





「隊長、ついに謎の生命体を
 
 捕獲しました!」






と叫ぶのである。

おそらく旅の開放感からつい浮かれてしまったのだろうが、
はじける笑顔は本人だけで、周囲はただ苦笑するばかりだ。

真夏の陽射を浴びながら、そこだけすっかりクールダウン。

そんなポーズを間近で見せられたら、誰だって思わず目を
覆わずにはいられない。

そうして僕は、久しぶりに眺めていた思い出のアルバムを
静かに閉じたのだった。



(了)


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