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馬鹿につける薬は無い

馬鹿につける薬は無い

誰でも一度はこんなフレーズを耳にしたことがあるだろう。


「馬鹿につける薬は無い」


僕は、聞くたびに滑稽だなと思う。

なにしろ「馬鹿につける薬」が「無い」のである。

こうして分けると、その滑稽さがいっそう際立つ。


まず、はっきり「無い」と断言するのが滑稽だ。


そこには、かつてナポレオンが言ったとされる、

「余の辞書に、不可能という文字は無い」

という有名なフレーズと同じ類の匂いがするけれど、
あれも皇帝の立場での台詞だから良かったようなもので、
その辺のオッサンの言葉だったら、その辺のオバハンに

「そんなわけあらへん、よう見てみ」

などと言われてしまうくらい危ういものだったりする。

いずれにしても「有る」ものを「無い」と言い放ったり、
「無い」と解りきってるのに「無い」と断定してしまう、
得体の知れない確信こそが滑稽さの原因のひとつである。

だってそうだろう。

「馬鹿につける薬」が「有る」と思うほうがおかしいのだ。

「馬鹿につける薬」が存在しないことは周知の事実である。

なので僕は、このフレーズを平然と口にする者のほうこそ、
むしろ馬鹿なんじゃないかと思えてきて仕方ないのだった。


また「馬鹿につける薬」なる表現も、滑稽さを増長させる。

だいたい「馬鹿」はいつから病気や怪我の類になったのか。

本腰を入れて語りだすと違う問題にも発展しかねないので
突っ込んだ話は避けるが、いろんな意味で失礼極まりない。

しかも、この薬ときたら「つける薬」だという。

「飲む」「塗る」「貼る」「注す」などの処方なら解るが、
「つける」とは、果たしてどういう処置なのだろうか。

僕は、生まれてこのかた「薬をつけた」ことは一度もない。

恐らく、もともと有りもしない薬だけに、言い出した者も
いったいどんな薬かなんて深く考えてなかったのだろう。



結局のところ「馬鹿につける薬は無い」というフレーズは
もの凄くいい加減な人間が、もの凄くいい加減な気持ちで、
もの凄く適当に発した、もの凄く適当な表現なのだと思う。


だから、滑稽に聞こえるのである。


試しに一度、声に出して読んでみてほしい。










「馬鹿につける薬は無い」










どうだろう。

なんともいえない滑稽さが込み上げてきやしないか。

もう一度、しっかり噛み締めるように言ってみてほしい。










「馬鹿につける薬は無い」










それみたことか。

このフレーズ独特の滑稽さを味わっていただけたと思う。

しつこいようだが、騙されたと思って最後にもう一度だけ、
ぜひ声に出して一語一語確かめるように読んでみてほしい。










「馬鹿につける薬は無い」










ほらね。

どうにも滑稽なことこのうえないじゃないか。















これ以上に滑稽なことといえば、パソコンや携帯を前に
独り言を口走ることぐらいしか無いんじゃないかと思う。











実際に声に出して読んじゃった方、大変お疲れ様でした。


僕は、そんな馬鹿正直な人が大好きだ。



【シリーズ・馬鹿を考える】
次回は「馬鹿も休み休み言え」を徹底検証する予定です。
お楽しみに。



(了)


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