Home > スポンサー広告 > 八分の五

スポンサーサイト

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


シンプルにしながら参加中。記事を読んでいただいた上にこのボタンを押してもらえたなら二重のヨロコビです。ありがとう。


Home > スポンサー広告 > 八分の五

Home > Essay > 八分の五

八分の五

八分の五

つくづく思うのだが、僕は幼い。

もちろん、それはチンチンに毛が生えてないとか、まだ蒙古斑があるとかいう身体的な幼さではなく、自分の内にある“精神的な未熟さ”のことである。

32歳で、妻がいて、4歳の息子がいて、社会人生活も10年目。スペックだけ見ると立派な『オトナ』だが、実のところは夫としても父としても“らしく”振舞えている自信はないし、社会の仕組みも知らないに等しい。

もっと言うと「俺、本当にもう32歳!?」という驚きが正直な気持ちであり、自分のイメージでは『ガラスの十代』だったりする。

などと思っていたところ、先日読んだ本に「現代人の精神年齢は昔の人の八分の五」と書かれていて、ハッとなった。

信長が「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり」と謡ったとおり、昔の人の寿命はせいぜい50歳だったが、いまや日本人の寿命は80歳オーバーであり、現代人は精神的に成熟するのにより多くの時間を要している、という内容だった。

実年齢に5/8を掛けた年齢が、現代を生きる人間の精神年齢だとすれば、確かにつじつまが合うこともある。

例えば、20歳の若者が「ワタシ、もう大人だから」とか抜かしても、それは昔で言えば12歳のガキんちょと大差なく、そう考えると毎年恒例になった成人式の愚行も頷ける。

定年後の第二の人生を謳歌する人々が「老いてなお盛ん」などと言われるのも、昔でいうところの40歳やそこらなのだから、それはそれで一理あるのだろう。

皆さんも、ご自分の年齢に5/8を掛けて昔基準の(本当の)精神年齢を知っておくといいと思う。タイムスリップしたときのもう一人の自分の年齢を認識して、貴方は果たしてどのような気持ちになるだろうか。襟を正すのか、それとも安堵するのか。それは貴方自身の気の持ちようだろう。


とかなんとか偉そうなことを言ってる自分はどうかというと。

『32歳×5/8=20歳』となる。

なるほど、僕の精神年齢は昔の人で言えばハタチなのか。

そうか、やっぱりまだまだ若・・・















それでもやっぱり、

成人してるんだ・・・















未熟な自分に都合良い解釈ができると思って紹介した計算式を用いても、僕は立派な『オトナ』であるべきだったとは。

正直、ショックである。

信長の時代でも、僕はハタチの、一人前の人間なのだ。

『ガラスの十代』とか言うとる場合じゃないのである。
うんことかちんことか書いとる場合じゃないのである。
エロ動画を夜な夜な鑑賞しとる場合じゃないのである。

なんていうか、その、一言で言うと、





超ヤバい





という状況なのだが、この乏しい表現力にも幼さが露呈している。

あと「今回は、なんだか柄にもなく少し真面目なこと書いたなあ」とかひとり悦に入ってるとこなんかも、甚だ幼い。



(了)


スポンサーサイト


シンプルにしながら参加中。記事を読んでいただいた上にこのボタンを押してもらえたなら二重のヨロコビです。ありがとう。


Home > Essay > 八分の五

Search
Feeds
Others
あわせて読みたいブログパーツ

Page Top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。