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竹屋が焼けた

竹屋が焼けた


唐突だが、回文が好きだ。

もともと僕は、言葉遊びの類が全般的に好きな性質だが、
なかでも回文は、古くから人々に広く嗜まれてきた、という点で
非常にフェイバリットなのである。
『由緒正しい遊び』というか、むしろ『文学』といっても過言ではない。


試しに、辞書で引いてみた。


【回文】
『上から読んでも下から読んでも同文・同文句になるように書かれた文。また、回文歌・回文狂歌・回文俳諧など。
例)「をしめどもついにいつもとゆくはるはくゆともついにいつもとめじを」「竹屋が焼けた」の類。まわしぶみ。』
(三省堂提供「大辞林 第二版」より)




回文歌・回文狂歌・回文俳諧、ときたもんだ。
詳しいことは解らないが、はるか遠い昔から、とにもかくにも、
言葉という言葉が回りまくっているのである。

ただ、ここで問題なのは、挙げられている二つの例文だ。
前者の、

「をしめどもついにいつもとゆくはるはくゆともついにいつもとめじを」

が、何のことだかさっぱり解らないことになっている一方で、

「竹屋が焼けた」

と、後者はシンプル極まりなく、おまけ程度に記されている。

しかも冷静に考えると、この例文は、
『竹屋がなんらかの理由で火災に遭ってしまった』という、
なんともまあ、いたたまれない話ではないか。

いずれにしても、これら二つのあまりの難易度差と、
人の不幸をさりげなく採用してしまう『大辞林 第ニ版』の
例文チョイスには、ただただ唖然とするしかない。


とまあ、ひとしきり憤ってみたところで、やはり回文である。

「とりあえず、笑って済ましちゃおーぜ」

という雰囲気に包まれるのも、ひとつの魅力かもしれない。


ところで、既にお気づきの方もいらっしゃるかと思うが、
このブログのタイトルもまた、回文である。



『そう、妄想も嘘。』



『そうもうそうもうそ。』



さらにいうと、このタイトルには、もっと深い意味が
隠されているのだった。



『そう、妄想も嘘。』



『そうもうそうもうそ。』



『SOU MOUSOU MO USO。』



思わず、ニヤリとされた方も多いのではないだろうか。

そうなのである。

このブログのタイトルは、



『SUMO(相撲)』



をベースとしているのだ。



国技を愛する心、すなわち、



「日本人としてのアイデンティティを、
 僕は確かに持っていますよ」




ということを、こっそり主張しているのである。

ちなみに、


『そう、妄想も嘘。』
        ↑
        ↑
        ↑
この“。”が、土俵を意味していることは、云うまでもない。



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