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ピーク宣言

ピーク宣言


帰省ラッシュは、昨日がピークだったらしい。

僕は帰省先から14日の朝に帰ったので、混雑とは無縁だったが、
この手のニュースに触れて毎回感じるのは、




だから、なに?




この一言に尽きる。


しかしながら、ひとつ注意しておきたいのは、

ラッシュは、必ず“ピーク”を迎えなければならない

ということである。

そして、マスメディアは混雑が“頂点”に達しているさまを
報じなければ気が済まないのである。

そもそも、いつが“ピークの瞬間”なのかを、
いったいどこの誰が決めているというのだ。

かなりどうでもいいことではあるのだが、思うに


『ピークさん』


と呼ばれる者が、存在するのではなかろうか。

帰省~Uターンを始めとする様々なラッシュをチェックし、
膨大なデータを駆使し、最終的には長年の経験と勘から
ピークの瞬間を予測して宣言する、その業界の長である。

世の中に起こりうる、ありとあらゆるラッシュのピークは
その『ピークさん』の裁量にすべてが委ねられるのだ。



ピークさんは、宣言する。

「あ。今回のラッシュは、明日の夕方がピークだね」


メディアは、奔走する。

「ピーク宣言、出たぞ。東名のインター上空にヘリ出せ」


そして、報じる。

「ラッシュは、いままさにピークを迎えています」



それを受けた僕らは、不変のニュースと知りながらも、
ただ漠然と映される高速道路の渋滞の車列を眺めるのだ。


例えば、老夫婦ならこうだ。


「おい、ピークだってよ」

「あら、ほんと。長いですねえ」

「長いなあ。さっきから動いてないものなあ」

「動いてないわねえ。まあまあ。ご苦労だわねえ」

「ご苦労ったってお前、そりゃ仕方ないだろうよ」

「そうだけど…。あ、もう一本ビール飲みます?」

「ああ、冷えたやつが冷蔵庫の奥にあったろう」

「はいはい、わかってますよ」

「しかし、なんだな。毎年同じような映像だな」

「そりゃあ、変わり映えするものでもないですしねえ」

「………」

「………」

「…盆も、終わりだなあ」

「…今年のお盆も、暑かったわねえ」

「なに言ってんだ、今年はまだまだ暑いぞ」

「そうねえ」

「………」

「………」

「…アイツから、連絡あったか」

「ないですねえ…。まあ、いつものことだから」

「…そうだな」

「そうですよ…」

「………」

「…でもこの映像、見ようによっては、風流ねえ」

「…なにが」

「だって、ほら。テールランプがとっても綺麗…」

「…そうかもしれんな」

「…ええ」

「………」

「………」

「そろそろ、メシ出してくれないか」

「はいはい、わかりました」




第十四章である。

何でもないようなことが幸せだったと思うのである。

メディアによってTV画面に映し出されるピークの様子は、
ある意味においては、同じ時期に空に放たれる白鳩よりも
よほど平和な日本の象徴といえるかもしれない。


そうして、ピークでピースな八月が、今年も過ぎゆくのだ。

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