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高校球児の夏

高校球児の夏


日付が変わって、いよいよ本日(20日)、決勝戦が行われる。

第87回全国高校野球選手権大会である。

社会人になってから、あまり見ることも無くなっていたのだが、
今年の夏は、理由あって3週間もの休暇があったために
なんだかんだで、ちょこちょこテレビ観戦していた。

そして、僕はふと思ってしまったのだった。




「俺、おっさんになったなあ」




ここで少し説明すると、野球の盛んな四国生まれの僕にとって
夏の高校野球は、毎年の夏休みの名物行事だった。


はつらつとした全力プレー。

白球を追いかける真剣な姿。

そして、光り輝く汗と涙。



これらを演出している高校球児達が、僕にとっては







永遠のお兄ちゃん






だったのである。

もちろん、時の流れには逆らえないのは解っている。

彼等は現役の高校生であり、僕は子持ちの31歳だ。
僕の高校時代は、かれこれ10年以上前の出来事になるし、
同世代のプロ野球選手は、ベテランと呼ばれる存在である。

それでも僕は、高校球児達を“年上のお兄ちゃんたち”
としてしか、見ることができなかった。

つまり、夏の高校野球は、

少年時代へのノスタルジーを呼び起こす装置

だったのだ。


ちなみに、高校野球は春もあるじゃないか、と
お思いの方がいるかもしれないが、センバツは駄目だ。

あれは、負けても夏がある。途中経過なのである。
春の涙は「夏には必ず」という悔し涙でしかない。

だが、夏は違う。3年生にとって最後の大会なのだ。
高校時代の青春のすべてを賭けた大会なのである。


夏の高校球児達は、美しい。

眩しいくらいに美しいのである。


そういった想いで、今年の夏、僕は再び高校野球に熱中し、
「お兄ちゃん」達のプレーに実際に涙し、感動した。


それなのに。


どういうわけか「おっさんになった」と思ったのだった。


なぜか。


僕は考えた。


涙を流しながら甲子園の土を持ち帰る敗れた選手の姿に、
思わずもらい泣きしながら考えた。


そして、気がついたのだった。













「君ら、眉毛、整えすぎ」











なんということだろう。


凄い勢いで、皆さん、眉毛を綺麗に整えているのである。

鋭いバッティングを誇った打者も、鋭い眉毛の持ち主だし、
変化球の切れが良い投手の眉毛も、かなり変化していた。



もちろん、同情の余地は大いにある。


他にオシャレするところがないのだ。

坊主頭だし。


女の子にいいところを見せたいのだ。

全国中継だし。




でも、やりすぎ。




最後の大会なのである。

この大会後、君達は『甲子園出場者』という勲章を掲げて
思う存分、プレイボーイになれるのである。

そしたら、髪の毛だって好きに伸ばせば、いいじゃない。
いま、そこまで眉毛にこだわらなくても、いいじゃない。
もうちょい、あとちょっとだけ、我慢して欲しかったなあ。

とかなんとか、画面に言うとる自分がおるのである。











生活指導の教師みたいに









そんなわけで、僕は自分自身が「おっさんになったなあ」と
感じさせられたのだった。


とにもかくにも。

今年の高校野球も、残すところあと一試合だ。

『甲子園優勝経験者』という最高の勲章を争う勝負は、
本日13時、プレイボールである。


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