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いただきます

いただきます


挨拶というか礼儀というか作法というか、とにかく、
そういうものが失われつつある世の中になってきたように思う。

もしかしたら、それは僕個人の問題で、世間一般には
まだまだ保たれているのかもしれないのだが、先日、
それを象徴する出来事に、出くわしたのである。


週末のことだった。

休日出勤のために昼過ぎに会社の最寄駅に着くと、
先に飯でもさっと食おうと、立ち食い蕎麦屋に入った。

券売機に小銭を入れると、切符ほどの食券が出てきた。
カウンターで手渡すと、ほんの1分ほどで蕎麦が出来た。

安くて、早い。そして、たいして美味くもない蕎麦だ。

そんな蕎麦をすすっていると、客が一人、入ってきた。



いわゆる“スダレ禿げ”のおっさん



久しぶりに見たなあ、という感じの髪型をした男は、
こう言っちゃ申し訳ないが、身なりもくだびれた印象で
一応スーツを着ているのだが、ヨレヨレ感が否めない。

職安に通っています的な雰囲気を醸し出している彼に
立ち食い蕎麦屋はとても似つかわしい場所のように思え、
とにかく「哀愁」の二文字がプンプン漂う男だった。

もり蕎麦を注文した彼は、蕎麦の乗った盆を持つと、
どことなくふらふらとした足取りで僕の隣に立った。

箸入れの筒から割り箸を一膳抜くと、その手を盆に置いた。

そして彼は、軽く頭を下げながら、言葉を噛み締めるように、
こう言った。




「いただきます」




僕は、思わずハッとした。


なんてお行儀の良い人なんだ。


そして、自分の愚かさに気づかされた。


僕が食事のとき、ちゃんと挨拶したのはいつだろう。


“食事ができる”ということは、有難く、感謝すべきことだ。

「いただきます」「ごちそうさま」という、日本人として、
いや、人間として当たり前の真摯な気持ちを、
いまの僕は、どこかにすっかり置き忘れてしまっていた。

息子と食事する際には、「『いただきます』は?」などと
偉そうに教育してるくせに、自分ひとりで食事するとき、
ちゃんと挨拶をした試しがない。

時折、スダレ髪をセットし直しながら蕎麦をすすっている彼を、
“哀れな親父”と見ていた自分が、恥ずかしくなった。







「ごめんなさい」






僕は心の片隅で、彼を蔑んでしまったことを詫びながら、
隣をチラッと横目で見た。



そのとき。



彼の奥に位置していた入口の前を、女学生が自転車で通り過ぎた。


ほんの、一瞬だった。


だが確かに、風の影響でスカートが捲れて白い何かが、チラッと。















「ごちそうさま」













僕は至って真摯な気持ちで、そう呟いたのだった。

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